ぎゃらりい・硯池庵 

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 文人趣味のすすめ

      Q & A


   文人趣味とは  






















   南画とは




















    南画と日本画

































  文人趣味のすすめ








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Q1  文人趣味っていうけど、なに?

A1  本来は古代中国で生まれた概念で、教養ある人々が詩、書画等を自らの楽しみ(自娯)としたことを
   言い、またそうした人々のの生き方や価値観をいう。一般には他人の評価や名声を求めず、詩文や
   書画などを愛し、風雅を好む雅俗認識を価値基準にする世界観をもつことをいう。
   そもそも文人というのは、古代中国の「士大夫」といわれた官僚が、学問とともに文芸や書画などの
   教養を必要とされたことにはじまり、時代の変遷とともに、官僚の地位のない人でも、雅俗認識を
   価値基準にする世界観をもつ人をさして言うようになった。
   あくまでも自由で、孤高性、反俗性かつアマチュアリズムに徹し、多芸多趣味で風雅を求める姿が
   特徴的な「文人像」であり、芸術を職業とする人とは対極に位置した人であったといえる。
   日本においては文人の定義は、正確には中国のそれには当てはまらないが、中国の文人の価値
   観、世界観を理想とした、という意味では一般的に職業人でも文人墨客とよばれる事も多い。
   現代のおけるひとつの生き方として、文人の価値観、アマチュアリズムに共感し、自娯に興じることを
   私は文人趣味と言っている。


Q2  文人趣味には、なにがあるか?

A2 詩・書・画を三絶といって、文人の必須教養であった。
    詩は漢詩であるが、今日的には、文人思考であれば文芸一般何でもよしとし、散文詩、俳句なども
    私は、自分流で楽しんでいる。絵は南画系にその自由性、簡潔純粋性をみて、精進している。
    要するに、如何様なことでも、型に縛られず自由に、競う事もせず、評判など世間体は一切気に
    せず 風雅を楽しむ(遊ぶ)、それを文人趣味と言っている。所謂、芸事のようなのは文人趣味とは
    言わない。


Q3  南画と文人画について

A3 南画というのは、日本の古画と違い中国絵画の一系譜である南宗画が渡来し、その画風が中心に
     なったが、必ずしも南宗画の画風ばかりではなく、北画の画風も吸収し、日本の風土のなかで開花
     江戸時代から明治にかけて隆盛をみた流派であり、画風である。
     日本における南画は、中国の南宗画とも違い、文人画の定義も一緒ではない。中国での文人画は
     文人たちが余技に描いた絵だが、日本には中国でいう文人は居ない。
     日本の南画家は、職業的な絵師も南宗画の画風に倣って画技を取得し、文人の世界観や理念を
     理想とした文人的性向から、南画が一般的に文人画と呼ばれたりしている。
     私の絵画は南画をベースとしているが、生業とはせず、自ら文人趣味の絵と称している。


Q4  南画と水墨画とは違うのか?

A4 南画は、日本における絵画の画風であり、ひとつの流派の名である。
    水墨画は、絵画作品のひとつのジャンル(種類)であり、水墨を主体に描く絵画のことである。
    南画は、基本的には水墨画であるが、南画と水墨画は意味が異なる。


Q5  南画は日本画とは違うのか?

A5 南画も日本画であるが、日本画の主流ではない。
      日本画であるが、一般的には日本画と思われていない?。
      なぜか?それは日本画とはなにかが、分かっていないからだと思う。


Q6  日本画とは?

A6 日本画の定義については、さまざまあるので、ひとまず省略するが、日本画という絵画の呼称が
    使われだしたのは、明治以降のことである。
    明治時代に入り、政治、経済、軍事の西欧化がすすみ、国策として美術の面でも西洋の美術が
    盛んになる一方で、伝統的な日本の美術は衰退した。また、廃佛棄釈によって寺院や仏像などが
    破壊されたり、古物商の手にわたるなど、古い美術価値のあるものが見捨てられた。
    当時、日本に招かれていたフェノロサは、日本美術に強い関心を持ち、こうした事態を憂いて日本
    絵画の再興に尽くしたころから、西洋画に対し、日本絵画を日本画と呼ばれるようになった。

    ただ、フェノロサは、南画(日本の文人画)を酷評し、日本絵画と認めず、東京美術学校でも教科
    対象から外された。結果、幕藩体制時衰退していた狩野派などが新しい日本画復興の中心となり
    紆余曲折を経て、今日の日本画が再生につながっている。
    そのご、南画再興の動きはみられたが、現代の日本画の主流として認知されるに至ってはいない。
    それは、時代の潮流として、国粋主義的傾向が高まったことも大きな要因ではないかと思われる。
    以来、今日まで、南画は日本画として一般に認識されずにきている。 
    
    南画が排斥された理由は、ひとつには画風に中国の影響が大きかったこと、詩書画一致の概念が
    文学的要素が強くて純粋絵画とは言えない、と見られたこと、文人的要素による大衆化の結果、
    中国風絵画の模倣に依る形骸化が多く見られたこと、等が指摘されている。
    フェノロサが、指摘し評価した日本画の特徴は、水墨南画(文人画)の理念や特徴そのものである
    のに、南画を純粋絵画でないとして排斥した理由は、結局形而の写実的表現とか、色彩、装飾性
    などの美的認識の強い西洋的視点から外れていたからではないか、要するに文化の違いにあった
    のではないか、と私は思うのだが、これは、別の機会に述べる。
    私は、水墨南画こそ日本絵画の規範であると思っている一人であるが、日本画の停滞が叫ばれて
    久しい今こそ、日本画とは何かという議論が起きても良い気がする。


Q7  なぜ文人趣味をすすめるの?         

A7   それは、詩書画の知識や技を身につけその所産で金銭を得る職業人の道を選ぶよりも、教養と
     して「自娯」に徹したほうが、より純粋に自由に真理を求めることに喜びを見いだせると考えるから
    である。
    文人趣味に定型はなく、むやみに優劣を競う必要はなく、他人の評価を気にすることもない。
    表現も自由であり、縛られる何もない。
    文人趣味はきわめて精神性の高い境地であり、心が安らぐからである。
    こんな心地よい世界に遊べるしあわせはないのではあるまいか。
    しかも、自分の楽しみの結果に共感してくれるひとがいれば、これ以上の幸せはない。
    難しい事はなにも考えなくていい、ぜひ、多くのひとに自分の心の世界に遊んで欲しいと思う。


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